「新しく生まれ変わって」川勝 ゆかり
- 聞き手:今回は宝塚栄光教会設立当初から、教会と共に歩んで来られた川勝ゆかりさんに登場していただきます。
- 川勝姉:私たち夫婦は、岩間先生たちが赴任されて教会として発足した当初から、教会と共に歩ませていただきました。
- 聞き手:そのころ、ご長男とご長女がおられたのですよね。
- 川勝姉:はい、あとで次男も与えられました。みんな教会で愛され、祈られて育ったことは大きな喜びです。
- 聞き手:教会の建て上げというのはなかなか大変だと思うのですが、一番祈りを必要とされたのは何でしたか。
- 川勝姉:そうですね、人々が教会に導かれて、救われる方が起こされるために祈りましたが、何より祈り求めたことは、私自身がもっと深く神様の愛を悟り、神様を信じ生きることが、どれほどの恵みであるかを知ることでした。
- 聞き手:なるほど、教会は建物や設備ではなく、集われる方々の内側ということですね。
- 川勝姉:はい、この35年間は、そのことをよくよく学ばせていただきました。
- 聞き手:これからも祈りで教会を支えていってください。では、お証しをお願いします。
新しく生まれ変わって
私が始めて聖書を手にしたのは、中学生になった時でした。深い意味はわかりませんでしたが、人間が書いた他の書物とは何か違うと感じ、心ひかれるものがありました。
高校生の時、友達が誘ってくれたので教会へ行くようになりました。そこで、聖書の神様こそが天地宇宙を創られた真の神様であり、聖書の中にこそ真理があると知り、この神様を信じていこうと心から願って、洗礼を受けてクリスチャンになりました。
けれども、その時の私はまだ自分の罪についてよくわかっていませんでした。ですから神様は、私がどれ程罪深い者であるか、また救いがどれほどすばらしいものであるかを教えてくださいました。
その後、神様は私を結婚を機に、宝塚栄光教会へ導いてくださいました。教会で語られるメッセージを聞いているうちに、神様は私の心の中に光をあてて下さいました。私の中には、自分が損をしないようにするズルさ、自分を守るためには簡単にウソをついてしまう不真実さ、恵まれている人に対する妬みや、悲しんでいる人に対する冷淡さなど、言葉では表すことのできない汚れがいっぱいありました。また、親切で愛のある人になりたいと願い努力もしましたが、そうなれない自分にいつもジレンマを感じていました。人を愛することは努力ではできないことがよく分りました。自己中心で私の内には愛などなかったのですから、無理もなかったのです。私は、罪を愛し、罪に支配されている存在であることにようやく気がつきました。
私は自分の罪の始末をきちんとつけて、新しく生まれ変わりたいと本気で願うようになりました。牧師先生はそんな私を導いてくださり、私は今までの罪を神様の前で悔い改め、イエス様の十字架はこの私の罪のためであったと心から信じました。その時、今まで苦しめてきた罪の呵責はなくなり、罪が赦された確信と、救いの喜びが与えられました。神様がひとり子であるイエス様を十字架にかけるほど私を愛して下さった、その愛が迫ってきました。
ここから私のクリスチャンとしての本当の歩みが始まりました。それまでは聖書に書かれてある勝利にあふれた生き方は、私とはほど遠いものの思っていましたが、み言葉通りに生きることができる事がわかりました。
今は人生の後半を歩んでいますが、天国の希望をもって生きていけるのは、本当に平安で感謝です。イエス様にお会いするその時まで、神様を信じて喜んで従っていきたいと思います。