日々新しく
Ⅱコリント4:16
こんにちは、お元気でお過ごしでしょうか。
私たちの身の回りには、さまざまな思いがけない事が起こってきます。好ましい事もありますが、起こって欲しくない事もあります。いや、後者のほうが多いでしょう。なぜこんな目にあわなければならないのかと文句の一つも言いたくなるような事に出くわし、失望し意気阻喪してしまうことがあるでしょう。
たいていは、諦めてしまいます。所詮そんなものさと開き直ってしまいます。しかし、それではあまりにも寂しいですね。もっと生き生きした人生があるのではないでしょうか。あります。そのためには、私自身が根本的に新しくならなければなりません。そんなことが出来るのでしょうか。
出来るのです。その秘訣は聖書の中にあります。コリント人への手紙第二4章16節にこうあります。「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。」
「外なる人」とは、私たちの肉体のことです。私たちの肉体は限りがあります。年をとれば機能も衰え、弱ります。鍛錬して一時的に活発にしても、時が来れば朽ち果てます。しかし、私たちは肉体だけで存在しているのではありません。「内なる人」があります。魂です。魂は、外の肉体の衰えとは関係なく、日々新たにされていくことが出来ます。一生懸命自分を鍛錬することによってではありません。また、精神修養を積むことによってでもありません。神様の恵みにより、信仰よってです。
天地を造られた神様は、私たちを愛してくださいました。私たちは神様に対して傲慢で、神様から遠く離れていた罪人です。けれども神様は、そんな私たちをもなお愛してくださり、御子キリストをお送りになりました。キリストは、私たちの罪のために十字架つけられ、死なれました。私たちは、自分の罪を悔い改め、キリストの十字架が私のためだったと信じれば、誰でもどんな罪も赦され、救われます。この救いを戴いた時、私たちは魂が新しくなります。そして、そこから本当の新しい人生が始まっていくのです。
一度新しくなった魂は、神様の御言葉に従っていくことによって、日々新しくなっていきます。古びることはありません。あなたもこの恵みを求めて行かれませんか。
教会では、日曜日、朝10時半より、礼拝の時を持っています。どなたがおいでくださっても歓迎いたします。皆様のおいでを心からお待ちしています。