真実の自由
ガラテヤ5:1
こんにちは。ご機嫌いかがですか。
自由という言葉は、とてもいい響きがします。歴史を見ると、人類は自由を勝ち取るために血を流して戦って来ました。それほど大げさなことを言わなくても、キャンプなどで“自由時間にします”と言うと、子どもたちは大喜びします。自由というのは、それほど大切なものであり、魅力的なものなのです。
しかし、自由をはき違えると、大変なことになります。大人にならないうちに、お酒を飲むのも自由、たばこを吸うのも自由、人のものを盗っても自由…なんてことになると、大混乱です。私たちは、自由だ、自由だと言っていますが、自由をはき違えて、案外、自分で自分の首を絞めていることがあるのではないでしょうか。
新約聖書のガラテヤ人への手紙5章1節に、こう書かれています。「キリストは、自由を得させるために、私たちを解放してくださいました。ですから、あなたがたは、しっかり立って、またと奴隷のくびきを負わせられないようにしなさい。」
私たちは、自由だと思っていても、本当はこの世のしがらみに縛られています。そして、さらに突き詰めていくと、私たちを束縛している張本人は罪であることに気がつきます。自由だと言いながら、平気で、あるいは知らず知らずのうちに罪を犯しているのです。その縄目から抜け出ようとしても、もがけばもがくほど、罪は蜘蛛の糸のように絡みつき、ついに身動きできなくなって、滅んでしまうのです。自分の力では、どうしても脱出できないのです。
しかし、私たちをその罪の縄目から解放してくださる方がおられます。イエス・キリストです。罪なき神の子キリストは、私たちのために十字架にかかられ、血を流して死なれました。本当は私たちが、罪のために神様から罰を受けなければならなかったのに、私たちの身代わりに、キリストが十字架の上で罰を受けて下さいました。ですから、私たちはそのままで罪が赦されるのです。
この罪の赦しこそ、解放のしるしです。キリストは、私たちを、罪の束縛にある奴隷の状態から、完全に自由にしてくださるのです。この本当の解放者、キリストを信じましょう。そして、真実の自由を与えていただいて、喜びと平安をもって歩む者とさせていただきましょう。
教会では、9月12日(土)午後7時より、韓国のキリスト教会の長老、ジェームズ・リーさんによるサクソフォン・コンサートを開きます。入場無料です。ぜひお集いください。