まず神の国とその義を
マタイ6:33
こんにちは、お元気でいらっしゃいますか。
キリストが語られたお話で、「空の鳥を見なさい」、「野の花がどうして育つのか、よく考えなさい。」と言われたお話をご存じですか。
空の鳥も、野の花も、どうやって食べるか、どうやって咲くか、心配しないのに、天地を創造された神様は、ちゃんと養っておられます。まして、神様は、私たちのために、必要なものを備えていてくださらないはずがありません。
私たちに求められているのは、全てを備えたもう神様にお任せすることです。キリストは言われました。「まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。」これは、マタイの福音書6章33節の御言葉です。
神の国と神の義とは、天地を創造された神様だけが与えることができる祝福です。それは、イエス・キリストを通して与えられます。
キリストは、神様の御子でしたが、私たちの罪のために十字架にかかられました。本当は、私たちが神様から罰せられなければならなかったのに、罪のないキリストが、私たちに代わって神の罰を受けてくださったのです。ただ私たちが自分の罪をお詫びして、キリストの十字架は自分のためだったと信じるなら、どんな罪も赦されます。この罪の赦しが、神様の祝福です。この祝福をいただいたなら、私たちは、神様に全てを委ねて歩んでいくことができます。
そして、この祝福をいただいたら、私たちに必要なものは何でも、与えられていきます。食べる物、着る物、住む所、その他何でも、私たちの必要をご存じの神様が備えていてくださるのです。
何を最優先して求めなければならないかを、よく考えたいですね。育児のこと、子どもの教育のこと、家計のこと、仕事のこと、嫁・姑の問題など、悩まされる問題は多くあります。しかし、まずあなた自身の魂の問題が最優先です。キリストの十字架を信じて、魂の救いをいただいたら、神様に委ねることができますから、あとのことはみな、解決に導かれていきます。枝葉末節ばかり追い求めて、肝心要(かんじんかなめ)のものを見過ごしてしまうということにならないようにしたいですね。
教会では、毎週日曜日、朝10時半より礼拝を行っています。礼拝は、クリスチャンであるなしにかかわらず、どなたにでも開かれた集会です。一週間の最初の日の朝を神様の前から始めることは、その一週間の祝福になります。お気軽においでください。