主の恵みを感謝
詩篇103:1,2
こんにちは。お元気でいらっしゃいますか。
今年も押し迫ってきました。この一年をふり返って、あなたにとってどんな年だったでしょうか。いい事もあったし、悔いが残る事もあったでしょう。しかし、総じて、幸いな年だったなと感謝することが出来たら、すばらしいですね。
旧約聖書の詩篇103篇1,2節にこうあります。「わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」
私たちは、ともすると、自分で何でもかんでもやってきたと思いやすいです。でも、それは思い上がりです。神様がすべてを支配し、導いておられるのです。そして、神様がなさることは、良いことです。神様は、私たちを愛していてくださり、私たちに最善を行ってくださいます。そのことを忘れてはなりません。
私たちは、神様から良くしていただくに値する者ではありませんでした。神様に対してひどい罪人だったからです。神様を神様としてあがめず、罪を罪とも思わないで平気で罪を犯してきました。そのままでは、神様のみ怒りを受け、滅ぼされなければならない者だったのです。
そんな私たちを、神様はなお愛してくださり、憐れんでくださいました。そして、かけがえのない御子キリストをお送りくださったのです。キリストは、罪のない神の御子でしたが、十字架にかかって死なれました。それは、罪人の私たちが救われるためでした。
私たちが、自分の罪を悔い改め、キリストの十字架が私のためでしたと信じるなら、すべての罪が赦され、滅びからまぬがれさせられ、すばらしいみ救いの中に入れていただくことができます。この救いをいただくことが、私たちが神様からなしていただく最良の事です。
キリスト教はご利益宗教ではありません。人間の魂のあり方を取り扱うものです。ですから、クリスチャンの方々に申し上げます。今年は、何にもいい事がなかったな、とぼやく前に、キリストの救いを与えていただいたことを感謝しましょう。クリスチャンではない方々に申し上げます。まずキリストの救いを受け取って、自分の魂が神様の前にきちんと整えられることを求めていきましょう。
来る年も、神様の祝福が、あなたとあなたのご家族の上に、豊かにありますようお祈りいたします。
なお、今回の「希望のダイヤル」メッセージは、31日(日)午前0時までとし、それ以後は新しいメッセージをお届けします。