死からいのちへの大転換
エペソ2:4,5
お元気でいらっしゃいますか。
人生には、大逆転が起こることがあります。それも、もうダメだと思っていた事が、急に好転するということがあります。聖書の中に、その現象が見事に表されているところがあるのです。
新約聖書のエペソ人への手紙の2章は、こういう言葉で書き出されています。「あなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって」。ショッキングな言葉です。私たちは死んでいると言うのです。あなたはおそらく、“いいえ、私は生きています、ピンピンしています”と言われるでしょう。その通りです。体も心も元気です。しかし、魂は、罪のために死んでいるのです。
罪とは、まことの神様を知らない、神様から離れてしまっているということです。そこから、憎しみや、妬みや、わがままなど、様々な悪い心が生まれ、やがて行動となって表面に出てきます。表向きは善良な人間でも、一皮むけば、私たちは一人残らず、神様の前に罪人なのです。
この罪のために、私たちは魂が死んだ状態です。そのままでは滅びです。聖書の言葉を借りれば、「生まれながら御怒りを受けるべき子ら」です。
ところが、大逆転がここから始まります。聖書は、続いて「しかし」と言います。「しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、罪過の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かし」。エペソ人への手紙の2章4,5節のみ言葉です。死んでいた私たちが、生かされると言うのです。私たちの魂を死に至らしめていた罪が取り除かれて、本当の命を得て、真に人間らしく生きる者に生まれ変わるのです。
何によってでしょうか。一生懸命頑張ることによってでしょうか。善行に励んだり、修行を積んだりすることによってでしょうか。いいえ。「キリストとともに」という言葉があったことに気がつかれましたか。イエス・キリストを信じることによってということです。
私たちの側には、生かしていただくだけの何の功績もなく、価値もありません。ただ神様の憐れみによって、そしてキリストが十字架で流された血潮のゆえに、私たちのすべての罪は赦され、私たちは死から命に移されます。これがキリストの救いです。
生き生きした、充実した人生を歩みたいと願っておられるなら、ぜひ、この救いをお受け取りください。
教会では、10月25日(日)午後4時より、工藤篤子賛美コンサートを開きます。地中海ソプラノで知られる工藤篤子さんとピアニスト野田常喜さんによるコンサートです。入場無料です。ぜひおいでください。心からお待ちしています。